陽だまり・・・・・・Another〜







 窓の外。三歳の翔が雪遊びをしている。一緒にセッセと雪だるまを作っているのは、春には高校生になる信一だ。二人の様子に、元気とミチルの姿が重なる。視線を巡らす。いつも大はしゃぎしていたあのメンバー、リョウと武蔵と弁慶。
 ここにはいない。

 「神くん。」
 橘が入ってくる。
 「早乙女研究所の事後処理は終わったようだね。」
 「はい。今日からこちらにお世話になります。」
 「こちらこそよろしく頼むよ。もともとここは早乙女研究所の宇宙船建造施設だ。所員の皆も顔見知りだし、君も何度も来ているのだからね。なんの遠慮も要らない。」
 「ありがとうございます、博士。」
 「信一も君が来ると聞いて喜んでいる。またいろいろ質問責めにされるだろうが、まぁ、たまには付き合ってやってくれ。」
 「信一君は、なかなか見どころありますよ。」
 「ほほう。世辞とはわかっていても、君の口からそう聞かされると嬉しいもんだな。」 
 橘がにこにこしながら言う。早乙女研究所の個性的な(異質な?)博士たちには珍しく穏やかな性格だ。
 「まあ、掛けたはまえ。コーヒーはどうかね?」
 「はい、頂きます。私が淹れます。」
 隼人はコーヒーメーカーを作動させる。橘はゆっくりソファに座る。熱い珈琲を受け取ると口にしながら、
 「しかし、敷島博士がここを出られたのは淋しいかぎりだね。あの人は希有の科学者だ。これからも私達の力になって下さると思っていたのだが。」
 「私も残留をお願いしたのですが・・・・・何か思うことがあるのでしょう。でもいずれまた、ふらっとお出でになるかもしれませんよ。」
 「そうだね、それを楽しみにしよう。今はまだ、君の新しいロボットも研究段階だ。これから先、時間もある。」
 時間がある。
 そう、思っていた。自分には時間があると。いや、自分達には。
 恐竜帝国は海底へと還り、百鬼帝国は宇宙に散り。
 これからは宇宙に向かって行くのだと。
 やっと本来の研究に戻れたのだと。
 
   早乙女研究所は  もう無い。

 隼人はゆるく頭を振る。自分はこれほど弱かったのかと苦笑し、珈琲を飲む。
 橘は暫しそれを見つめた後、窓の外に目を向ける。
 息子の信一と娘の翔。かけがえのない宝。失うことを考えることすら怖ろしい。

  早乙女研究所は
   
  もう無い。







 「隼人さん!」
 機器の調整をしていた隼人が顔を上げる。学校帰りの信一が荒い息で走り寄って来た。
 「地底探査用ロボットR1号の操作実験は始まった!?」
 「こら、信一。帰ってくるなり挨拶もせず。だいたい、仕事の邪魔をするんじゃない!」
 「だって今日は実験をみせてくれるって!早く帰りたかったけど、ちゃんと終わりのSHRも出て来たんだよ!」
 「自慢になるか!っていうか、出て当たり前だろうが!」
 橘と信一の親子のやり取りを所員達は楽しげに見ている。
 「信一君、今から始めるところだ。こちらに来たまえ。」
 隼人がコンソールに向かう。モニターに映る探査用ロボット。
 橘研究所はゲッターロボ開発のノウハウを生かして、地底や海底の資源を探査するロボットを開発している。いずれ宇宙開発に大きな力を発揮できるであろうロボット。
 早乙女博士が最初から望んでいた夢。人類の未来を切り開く研究。
 恐竜帝国や百鬼帝国が現れたために早乙女研究所は、兵器としてのロボットを開発せざるを得なかったけれど、もともとは宇宙にいくために研究を続けてきたのだ。
 人類の輝かしい未来を望んで。
 いま、橘研究所で造られるロボットは兵器ではない。エネルギーもゲッター線を使わない。早乙女研究所の崩壊後、日本政府はゲッター線開発を禁じた。
 暴走したエネルギー。
 制御出来ないのであれば、封じるしかない。
 崩壊前に隼人が開発していたプラズマボムスが使用されている。
 ゲッター線より弱いが、何よりも人間に忠実なエネルギー。
 隼人の試作ゲッターロボは合体のタイミングがわずかにズレ、戦闘ロ「ボとしてはまだまだ問題が山積みだったが、個々の機体は地・空・海の探査・開発用には十分で。
 いずれ開発の舞台を宇宙に移した時は大きな力となるのは確実だった。
 隼人を始め元・早乙女研究所の所員達は、亡くなった仲間の想いに応えるためにも、宇宙開発用のロボットの開発に日々力を尽くしていた。
 「神さん、実験を開始します。」
 所員の声が響く。皆の目がモニターに集中する。
 「よし、始めてくれ。」








 信一はゲッターチームに憧れていた。
 百鬼帝国が滅んだ後、信一は父としばらく早乙女研究所の所員宿舎に住んでいた。母親が病気で入院していたせいだ。そのときはリョウや弁慶がいた。年の近い元気や姉のようなミチルも。
 楽しかった。リョウや弁慶は仕事の合間によく遊んでくれた。すでに戦いは終わり、ゲッターロボの戦闘を見たことはなかったが、哨戒や訓練飛行をするゲッターの雄姿をいつも見ていた。
 一度、恐竜帝国の残党がゲッターロボGを奪って研究所を襲ったことがあった。リョウ・隼人・弁慶は保存されていた旧ゲッターロボに乗り込み闘った。性能のはるかに劣る旧ゲッター。誰もが絶望的になった戦い。その戦いに勝利したのは3人のパイロットの腕だった。鍛え磨かれた技術。研ぎ澄まされた感覚。そしてなによりも、仲間を信じる心。
 極限の戦闘を終えた3人は、まったくいつもと変わらぬ様子で。
 目を瞠る信一に、リョウはにやりと笑った。
 駆け寄る元気の頭を弁慶はぐりぐりと混ぜ。
 隼人はさっさとゲッターロボの修理とデータ確認に行ってしまった。
 その日、信一は元気と、「絶対ゲッターパイロットになろうね。」と約束した。

 それから暫くして、信一は父と筑波に移った。早乙女研究所の宇宙船建造部門として、新たな研究所が設立されたためだ。だが信一はずっと心に決めていた。
  ゲッターパイロットなる。
 3人のパイロット達の桁外れの強さと、不遜な笑い顔と、揺るぐことのない信頼に憧れた。強烈に。




 そのとき何があったのか、誰も教えてくれなかった。いや、誰も何があったのか、わからなかったのだろう。
 目の前の現実だけがあった。
 早乙女研究所の崩壊。
 みんな一瞬で消えてしまった。
 リョウと隼人だけが残った。
 

 父の橘に、ゲッター線研究が中止されることを聞いた。
 「じゃあ、早乙女研究所のみんながやってたことは、無駄になっちゃったの?」
 自分の、元気の想いは。
 「いや、もともと早乙女博士や研究所の人達が目指していたのは人類の発展と平和だ。ゲッター線という驚異のエネルギーが発見されたせいで、ゲッター線研究に従事することになったが。だから我々が、これから先も早乙女研究所のみんなの願いを引き継いでいくんだよ。」
 「リョウさんと隼人さんもここに来てくれるの?」
 「いや、リョウくんは空手道場を開くと言っている。隼人くんはここに来る。はっきり言って彼が来てくれないと、この研究所も大変だからね。」
 「リョウさんもきてくれたらいいのに!」
 「わたしもそう思って彼に頼んだのだがね。駄目だった。リョウくんには、早乙女研究所にかかわるすべてのことが辛いのかもしれない。」
 信一は陽気だったリョウを思い出す。いつも感情豊かだったリョウ。 
 「じゃあ、隼人さんは辛くないの?」
 普段はあまり顔を会わすことがなかったけれど、たまに元気と一緒に解らないことを教えてもらった。面白いゲームも作ってくれた。
 リョウや弁慶をからかっているのも見た。
 「辛くないはずはない。ただ、隼人君は、失ったものを失ったままにはさせないんだ。たとえそれで、自分がどれほど辛くてもね。」
 「?」
 「おまえにはまだ難しいが、覚えておきなさい。人は同じ想いを持っていても、違う道を行くこともある。それが正しい、正しくないというのではなく。」
 信一にはよくわからなかったけれど、なんとなく隼人は、早乙女研究所そのもののような気がした。
 

  

 

 「はやとおじちゃん!」
 4歳になったばかりの翔が隼人に懐いている。隼人は面映ゆそうに相手している。
 いつも鉄面皮に近い隼人の珍しい様を、他の者たちは面白そうに眺めている。
 隼人の姿に何かがダブる。なんだったかなと考えて、信一は思い出す。早乙女研究所で、自分と元気がいろんな実験を見せてもらってたときに隼人が向けていた眼だ。
 隼人にとってあのときの自分達と翔が重なるならば、今の自分は誰と重なっているだろう。
 信一は高校生になってから、ときどき研究所の手伝いをしている。もちろん、雑用の類だが。
 そのため今までよりずっと隼人を見るようになった。そして気付いた。
 橘研究所の所長は父親の橘だが、実質研究所を取り仕切っているのは隼人だ。研究そのもののみでなく。
 政府高官とのやり取りだけではなく、資材や人材、またその財源の確保。なによりも。
 隼人の指揮のもと、すべてが整然と進められる。無駄なく、無理なく。
  「あのひとに任せておけば、間違いはない。」
  誰もが絶対の信頼を置いている。
 憧れが尊敬に変わり、敬服が心服に変わる、その中で。
 稀に垣間見るやわらかな眼差しに感じるもどかしさ。
この人は孤高だ。すべてを受け入れて、独りだ。誰もがこの人を必要としているのに、この人は誰を支えにしているのだろう。
 かつてはいた。この人と同列に並び、この人を支え、支えられた人間は。
 今も、彼らだけなのだろうか。いつか、自分は届くのか?


 信一くんが翔の相手をしている。
 穏やかに流れる時間。
 ゲッターロボで戦い武蔵を失い、弁慶を失い。
 リョウが研究所を出ると言ったとき、俺は死んだしまったものの死を無駄にできないと言って、ゲッター線研究を継続させようとした。
 だが研究所が崩壊して、俺は自分が何を守ったのか疑問を持った。
 リョウは去った。これ以上、ゲッターに捕われないように。ゲッターに奪われないように。
 それが正しいか正しくないのか。
 わからない。だが、失うことが正しいのなら、俺は正しくなくていい。
 だからゲッター線研究にこだわることを止めた。ここで守る。信一くんや翔がよりよい未来を引き継げるように、俺の出来ることをやる。
 ゲッターの行方を見届けたいとも願ったが、翔たちの行方も同じくらい重要に思える。それがそれなりに気に入っている。 




 
 ドイツの天才科学者、ランドウ博士が唱えた「世界統一プロジェクト」
 北極に地球の科学の粋を集めた研究基地を造るという。
 日本はそのロボット工学の実績を買われて参加を要請された。
 しかし、日本はこれを保留。
 
 ゆるやかな時間が過ぎて行く。
 

 

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ガラダマ様 リクエスト

お題は

 「信一くんが隼人を褒めたたえる」お話

できますれば5歳の翔ちゃん付きでお願いしたいです。原作での出番はものすごく少ない信一くんですが、もしかしたらリョウとはまた違う感じで隼人と「いいコンビ」だったのでは?」




申しわけありません。すてきなお題をいただいたのに、どうも文才が・・・・・(いつもですが 汗!)
気の利いたエピソードを、と思ったのですが、う〜〜ん。
思いついたらまたくっつけますから!!

         (2012.12.31   かるら)